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ボクシングの事書いてます

石田順裕

 
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WBA暫定Sウェルター級王者
戦績 34戦 24勝(9KO) 8敗 2分
 
6歳の頃から父親の影響でボクシングを始める。
興国高校→近代と進みアマチュアボクシングを続け大学卒業後児童福祉施設職員となりボクシングを一時期引退する。
ブランクがありながらも復帰し全日本選手権3位となりプロに転向。
アマエリートとして金沢ジムから6回戦デビュー。
6戦目で東洋王者、宗国烈を11R,負傷判定で下しOPBF、Sウェルター級王者に。
暫定王者だった竹地盛治と統一戦を行うが判定負けを喫してしまうのだった…
再起戦はいきなり日本王者、河合丈也とのタイトルマッチ、しかしこの対決にも判定負けし王座獲得ならず…
次戦はオーストラリアの元PABA(WBAの東洋王座)Sウェルター級王者だったケビン・ケリー(フェザー級アメリカ人世界チャンピオンとは別人)と引き分ける。
再起戦でインドネシアジンを5ラウンドに葬り、オーストラリアのネイダー・ハムダン画持つOPBF、Sウェルター級王座に挑むもp判定負け…
日本Sウェルター級、暫定王座決定戦で金山俊治と対戦し判定負け…
しかしそこから日本人相手に4連勝(のちの日本王者板垣俊彦、元日本王者大東旭を含む)し勢いをつけクレイジー・キムとリングネームを変えた金山と再戦。
しかしまたもや惜しい所での判定負けに終わるのだった…
再起戦で後の東洋、日本Sウェルター級王者、野中悠樹と対戦し判定勝ち。
日本ランカーが4回戦で勝敗を決めるトーナメントBtaitoに出場し元日本チャンピオンの永瀬輝雄を含む対戦相手と試合をし2勝1分で優勝を飾る。
松元慎介と日本ウェルター級王座決定戦を争い判定勝ちで日本タイトルゲット!
シャブ中から立ち直ってボクサーに鳴って有名になった川崎タツキと初防衛戦を争い6R,TKO勝ち。
ノンタイトルをはさんで再戦しまたも6RでTKOに葬り川崎を引退に追い込んだ。
27戦目でマルコ・アベンダーニョとWBAスーパーウェルター級挑戦者決定戦を争いこれに勝利し挑戦権を獲得。
諸事情によりWBA暫定王者決定戦もアベンダーニョと争うことになりm沙汰も判定勝ちしWBAスーパーウェルター級暫定王者になるのだった。
このタイトルをオニ―・バルデスを迎えて防衛戦を行い判定勝ち。
しかしミゲル・コットのスーパー王者昇格により正規王者決定戦をメキシコのリゴベルト・バルデスと敵地で対戦することになり地元判定で王座を追われることに…
カネロプロモーションと3試合契約し主戦場をアメリカに移し覚悟を決め無敗のホープ、ジェームス・カークランドと対戦、この試合はどう見てもホープの当て馬というマッチメイクだったのだがここで大きな番狂わせを起こす!
1ラウンドに3度のダウンを奪い衝撃のアップセット!!
リングマガジンのアップセット・ジ・イヤーを受賞するのだった!!
これで俄然評価をあげるのだが、中々良い試合が組まれない…
ここで金沢ジムからグリーンツダジムに移籍をする。
メキシコシティでエディソン・エスピノサを1ラウンドに下す。
そして元WBOウェルター、Sウェルター級王者のポール・ウィリアムスとが組まれ、対戦するも大差判定負け…
この後デラ・ホーヤのゴールデンボーイプロモーションと契約。
 ロシアのディミトリー・ピログとWBOミドル級タイトルマッチが決定。
しかしJBCはWBOを認可していないために石田選手はJBCライセンスを返上しこの対決に挑むのだった。
しかしまたもや大差の判定負け…
決して惨敗ではないのだがポイントを奪えぬままラウンドを重ねていくことしかできなかった。
 
次戦はWBAミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキンとのタイトルマッチが決まっている。
 
 
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