らんぶるライフ はてな版

ボクシングの事書いてます

最後の更新、皆様!今までありがとうございました!


 本日をもってyahooブログの更新ができなくなるので最後の更新となります。
 ブログを開設したのが2005年10月31日となってますが初投稿は2008年の3月1日となってるんでこのブログはだいたい11年ぐらい続けてきたことになります。
 まぁ途中何回か中断していた時期もありますが結構な頻度で更新してきました。
 正直、ボクシングを引退してからここまで一生懸命したことはありません(笑) ←仕事頑張れよ
 このブログで知り合い、実際に会って友人になった人も多いですし、実際に会ってはいなくても引き続きFB友になった人もいます。
 正直、yahooブログにはかなりの思いれがあるんで寂しいですが仕方ないですね。
 コメントは消えてしまうようですがこのブログは他のブログへ移行します。
 小牧時代に作ったアメーバブログ「NAボクシングジム」という題名でボクシングの書籍を紹介したブログを最近題名を変えて「ボクシング書籍紹介ブログ」という名前にしたんですがこのブログをそのまま「らんぶるライフ」にしてブログを移行しようと思います。
 ただ、移行してしまうとコメントが消えたりゲストブックもなくなるんで少し整理してから移行しようと思います。 
 アメーバに移って今までの様に更新するかどうかはまだ決めてませんが。


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    よろしくお願いしま~す!

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 お気に入りの一枚、タイのブリーラムでの写真、21年前です…

 それではさようならぁ~~!


オイラとソムサック・シンチャチャワン


 今まで、ミーハーに色々な世界王者とのツーショットを自慢げに披露してきました。
 あくまでもファンとして一緒に撮って来ただけですが、最後の一枚は一番の自慢として対戦したのちにメージャー団体WBAスーパーバンタム級王者ソムサック・シンチャチャワンとの試合の時の写真を。
 この試合はWBFタイトルマッチとして行われました。
 
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 自分とソムサックの対戦の看板、何を見て書いたかわからないけど自分の顔は全然似てません(笑)

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                       計量時
 自分は本来スーパーフライ級なんでスーパーバンタムでもでかかった(のちにSフェザーにあげた)ソムサックとは体格差がありましたよ(笑)

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     記者会見場、結局自分はここでインタビューとかされることはなかったんで勝手に座って記念撮影(笑)

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 試合会場はバンコクから車で2時間ぐらいのスパンブリー県という所のグランドに建てた野外リング。

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 控室は個室じゃなかった(涙) 井上さんにバンテージを巻いてもらう。

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                 ナパと日本から応援に来てくれた江戸君と
 新選組の法被は日本人アピールとメキシコでも同じのを着て出たから気に行ってるんです。
 ナパはセコンドの手伝いまでしてくれました。
 タイ人世界王者としては日本人の挑戦者側にいるというのは大問題ですが日本で知り合った自分を友達だと言ってくれた素晴らしい人です

 
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                   入場!
             江戸君が撮影してくれました。

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           リング上で君が代を聴く、日本人ボクサーとして最高の栄誉です。

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 しょっぱなからガンガン行ってやりましたよ(笑)見ててもやられるだけやし自分は生粋のファイター、攻める事が唯一の戦法です。

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                 インターバル

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 結局3ラウンドバッティングで切れてストップ…
 まぁ、このまま続いても倒されてただけですが(苦笑)

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                             試合後の挨拶

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                         記念撮影

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 額、パックリ割れてます…17針縫ったはずです。

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              3ラウンドだけなのに結構打たれてるから酷い顔ですな

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                  ナパも心配そうに見てくれてます

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     試合が終わってソムサックとツーショット、再戦しようと言われましたが最後と決めてたので断りました。
 ソムサックとしてはこんなしょぼい相手とドローというのが気に入らなかったでしょうな(笑)
 自分としては戦績がギリギリ勝ち越しで引退出来てラッキーでしたわ(苦笑)

 あのまま続けてたら6,7ラウンドまでには倒されてた可能性が高いでしょう。
 正直、「あしのたのジョー」が好きでボクシング始めた自分にとっては燃え尽きるまで戦いたかったという気持ちもありますし、リングの上で死んでも本望という気持ちもありますがボコボコにされてたら速攻タオル投げ入れられてたでしょうからリング上で死ぬ可能性は現実を考えるとまずはありませんでしたが…

 自分は試合前、ジョーVSホセ・メンドーサ戦と自分の状況に勝手に重ね合わせてましたが後で考えるとジョーよりもロッキーの一作目の方が状況的に似てたかなって思います。
 ロッキーはしょぼいボクサーが無敵王者に選ばれて自分を証明するために戦う話。
 まぁ自分の場合は自分自身を証明することも燃え尽きることも出来ず、ロッキーにも丈にもなれませんでしたが…
 これが現実と言えば現実です、この後ソムサックはじっくり時間をかけてWBA王者にまで登りつめてくれたのが自分にとっての救いです。

 それではソムサックの経歴でも。


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                          ソムサック・シンチャチャワン(タイ)
                           元WBAスーパーバンタム級王者

                        戦績 68戦 60勝(44KO)4敗3分1ノーコンテスト

 デビューから5戦目にフィリピン人相手にノーコンテストの試合があるものの順調に白星を重ねる。
 8戦目でIBFインターコンチネンタルのスーパーフライ級をインドネシア人に挑戦して獲得。
 12戦目に後のWBOバンタム級王者、ラタナチャイ・ソーウォラピンーと対戦するも判定負けで初黒星…
 6戦目に南アフリカの選手とWBFタイトルかけて戦いこれをKOで下しWBFタイトルを獲得。
 1試合ノンタイトルを挟んだ後、ケニアの選手とWBFの初防衛戦を行い勝利。
 二度目の防衛戦はインドネシアの選手を判定で下す。
 この時点での戦績は19戦17勝(13KO)1敗という戦績でした。
 WBFの3度目の防衛戦で自分はソムサックに挑戦したのです。
 結果は3ラウンド負傷ドロー…
 その後、ノンタイトルを挟みながらWBFタイトルを5度防衛した後に返上。
 26戦目に自分の友人だった元金子ジムの東洋ランカーでこの時にタイでタカオ・チュワタナとして活躍していた池田タカオさんとPABAスーパーバンタム級暫定王者決定戦を行い7ラウンドTKOで勝利しPABA王者を獲得。
 この後3度目の防衛戦で世紀王者に昇格、なんとこのタイトルは21度の防衛をしたのだった。
 そして48戦目にして初のメジャー団体の世界タイトルを敵地フランスで行う事に!
 相手はマヤル・モンシプール!
 日本人挑戦者仲里繁を大激闘の末に破った猛者である。
 この試合を大激闘の末、10ランドTKOで制し晴れてメジャー団体WBAスーパーバンタム級王者になるのだった。

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 なお、この試合はリングマガジン・ファイト・オブ・ジ・イヤーに選出、WOWOWでも年間の試合の何かに選ばれてたと思います。
 しかし、初防衛の相手が悪かった…
 のちのSバンタム、フェザー二階級制覇のセレスティーノ・カバジェロを自国に呼んで行われた初防衛戦は3ラウンドTKO負けとなるのだった…

 正直、自分が対戦してるんで身びいきもあるんですがソムサックは世界タイトルに挑戦するのが遅すぎた…
 PABA獲ってすぐぐらいの時に挑戦できてたら良かったと思う。
 まぁそれでもカバジェロには負けてたんでしょうが。
 ソムサックはwikiでは170cmと書いてましたがスーパーバンタムでも体格が良い方なんで今まで身体負けすることがなかったと思うんですがカバジェロはSバンタムでまさかの180cm!
 ついてませんでした…
 カバジェロにKO負けを喫した後、再起。
 再起4戦目にはなんとグリーンツダジムの自分の後輩、村井勇希と対戦。
 この試合は6回戦で行われたようで村井は判定負け。
 村井は元世界王者とか現役世界ランカーと数多く戦ってますがソムサックと対戦してこれといったモノは感じなかったと言ってました…
 まぁ自分としてはモンシプールの激闘から見て弱いわけがないのでノンタイトル6回戦の試合に気合いを入れていなかったのか、それともモンシプールとの激闘、カバジェロ戦での痛烈なKO負けで壊れてしまったのかと心配しました…
 
 再起11戦目で元WBAバンタム級暫定王者で後のWBAスーパバンタム級王者のプーンサワット・クランデェーンジムとWBAスーパーバンタム王者決定戦を行い11ラウンドTKO負けを喫してしまう…
 インドネシア人とノ再起戦を勝利するが再起2戦目でドロー。
 再起4戦目で階級をスーパーフェザーにあげてのPABA暫定PABA王者決定戦に出場、これに勝利しPABA二階級制覇。
 1戦挟んでPABA王座の防衛戦を行うがドロー、二度目の防衛戦でTKO負けを喫してグローブを壁につるすのだった…

 ソムサックはPABA21回の防衛とかで待たされ過ぎたと思う…
 Sバンタムからいきなり二階級あげてSフェザーにあげるというのも減量もきつかったけどPABAタイトルばかりだったんでSバンタムでやらないといけないでしんどかったのもあるかも…
 

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 一応FB友になってますが滅多に更新しませんし、自分はタイ語わからないんで交流できません。
 まぁWBFのかませ挑戦者にそれほど思い入れがあるとは思いませんが自分としてはやっぱり思い入れがあるんでもっと活躍してほしかったんですけどね~~



オイラと辰吉丈一郎


 自分は90年代関西ボクシング界で力を二分していたグリーンツダジムと大阪帝拳グリーンツダジムに所属してました。
 だから必然的に大阪帝拳にはライバル意識がありました(笑)
 当時、大阪帝拳は辰吉を中心に回っていたんで4回戦ボクサーが多い様なジムじゃなかったんで結局、大阪帝拳選手と試合はしませんでしたが。
 で、大阪帝拳と言えばやっぱり辰吉丈一郎
 でも、どっちかと言えばアンチでした。
 同じ学年という事ではるか上空を飛んでる辰吉に対抗意識を持ってた身の程知らずでした(笑)
 まぁ、世界王者になるぞ!って意気込みでボクシングしてたわけでもないので本物の対抗意識ではなかったですが。
 自分は不良じゃないから不良を売りにしてるのも嫌だったし生意気な言動も嫌だった…
 でも、辰吉の試合は何かと会場に観に行ってたんですよね。
 デビュー戦はその日東京で世話になった人が亡くなって葬式に行ってたから見に行ってなかったんですが後で使ってないチケットを見たら辰吉の名が!ちょっと悔やみました…
 世界タイトル初挑戦の時は友人がデビュー戦という事もあって守口市民体育館にも行きました。
 薬師神保栄戦も友人が前座で出るので名古屋まで応援に行った。
 この時は薬師寺さんと面識もあったんで薬師寺さんを応援してました。
 
 ダニエル・サラゴサ2の時はサラゴサのセコンドに交じって潜り込もうとしましたが失敗(笑)
 大阪府立体育会館にほど近いエディ・タウンゼントジムで試合を観戦した後また会場に行って控室に潜り込んでナチョやサラゴサと会いましたよ(笑)

 今、考えるとアンチと言いながら辰吉の試合、会場で見れるときは見てたんですよね。
 で、ジムメイトの山口圭司がホセ・ボニーじゃに挑戦する時にタイトルになって辰吉VSシリモンコンと一緒にやった。
 この時も表向きは山口の応援(笑)
 残念ながら山口は負けちゃいましたが。
 辰吉も無敗のシリモンコンに負けるだろうと予想されていました。
 たぶん辰吉、最後の試合になるだろうと思い見に行ったのを覚えています。
 しか~~し!大激戦の末に若き貴公子シリモンコンをノックアウト!
 開場は本当に大興奮のるつぼ、会場が揺れるとはこのことかと感じました。
 あの感動を越える出来事にいまだ巡り合ってません。
 数日間興奮が収まらなかった。
 あの日から自称アンチが手のひらを返して大ファンになりました(笑)
 まぁ、今から考えると最初からファンだったんですが(苦笑)

 で、自分のトレーナーだった井上さん(神風鷹志)が大阪帝拳でトレーナーをし出したので辰吉に会うために行きましたよ!

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                                         これだぁ~~!

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           この嬉しそうなミーハーな顔(笑)

 で、一緒に行った江戸くんが

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 握手して撮ってもらってるので羨ましそうな顔をしたら…

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 そんな自分の表情を見て
 「もう一回撮る?」
 と言ってくれました!
 ファン心理がわかってるんですわ~~~!

 この時とは別に井上さんに会いに大阪帝拳に行って練習を見学してる時に見学者の若者がいた。
 大阪帝拳に見学に来るのはほとんど辰吉ファンやと思うんですが、その見学者に色いろしゃべりかけるのを横から聞いてた。
 「なにしてるん?」
 「春から大学生です」
 「大学行って何勉強するん?
 「社会についてです」
 「社会についr勉強するんやったら大学行かんと社会にでらなアカンやん」
 「・・・・」

 こんな会話がなされていた。
 正直、面倒くさい人だなぁ~と思った反面、凄く誠実さを感じたのでした(笑)
 その後にもツダの後輩と見学に来た時にその後輩がバンテージを巻いてる辰吉に向かって
 「バンテージ巻いてる所、撮って良いですか?」
 と聞いた、内心
 「いらん事言うなや」
 と思ったら案の定
 「自分、カメラマンか?違うやろ?一緒に撮って言うたらナンボでも撮ったるけどそういう事はカメラマンの仕事やからアカン!」
 とたしなめられていた。
 自分は横で聞きながら凄いなった思ったと共にソイツを連れて行った事を後悔したものですわ。

 辰吉はやっぱり随所にこだわりを見せ、身体からもオーラを放っていた。
 ファンを大切にする誠実さとこだわりを見せる偏屈さ(笑)
 一見さんのファンにわざわざ自分の哲学を語る面倒くささが横で聞いてると面白かった半面友人として付き合ったとしたら面倒くさそうと思いました(笑)

 自分は松田優作ブルース・リーが好きで色いろ伝記や評伝を読んでるんですがんでこの二人も色いろとこだわりとかあって付き合うのが面倒くさそうと思ったものです。
 やっぱりカリスマというのは遠くで見ているものだと思いました(笑)
 これは嫌な人という意味ではなく自分の様に自分に対して甘く向上心のない人間はこだわりぬいたひとかどの人間には多分ダメすぎて相手にしてもらえないだろうという気持ちがあるからです。

 今回、辰吉ファンですが敬称を略させていただきました。
 実をいうと有名人にさんづけするのあんまり好きじゃないんですよ。
 尊敬してるけどさんつけると第三者から見て知り合いかな?って思う事あると思うんでなんか嫌です(笑)
 尊敬してる人、有名な人に公共の場所では敬称ををつけるべきだという意見もあるんでしょうがなんかさん付けするのにはテレが出るんですよ(苦笑)

 何しろ、辰吉は格好良かったとだけは言っておきます!
 

オイラとリカルド・ロペス


 日本人って本当にリカルド・ロペス好きですよね~~
 そういう自分も大好きです。
 神経質なまでに端正で美しく精巧で力強い。

 自分の所属していたグリーンツダジムでは井岡弘樹さんのトレーナーとしてメキシコから招聘された元WBCLフライ級王者のヘルマン・トーレスがトレーナーをして時期があるんです。
 ヘルマンは井岡さんだけでなく練習生全体を見ていたんで自分も教わっていました。
 まぁ自分はガチャガチャノファイターでコリアンファイターに痛い目にあってきたヘルマンには嫌われていましたが(笑)
 で、ヘルマンは練習生のファイティングポーズから徹底的に教え込んでいました。
 かっちり左腕を上げて右こぶしは顎の横、ガードをおろそかにすると怒られたもんです。
 プロテスト前にヘルマンはメキシコに帰りましたが自分たちには強烈な印象を残しました。
 それからしばらくして大橋秀行の防衛戦で初めて見たリカルド・ロペス
 ロペスとヘルマンは同じジムに所属していた兄弟弟子、構えがそっくりで、ビックリしたものです。
 ロペスが世界王者になった次の日のツダジムの話題はもちろん前日の試合!
 「昨日のメキシカン、ヘルマンそっくりやったなぁ~!」
 とみんなで語り合いました。

 自分はガチャガチャで全然ヘルマンのスタイルではなかったんですが理想としてはあぁ言うスタイルが好きだったんで一目ぼれでしたよ(笑)
 自分がファン・マヌエル・マルケスが好きなのも実をいうとロペスの流れなんです。
 自分がロペス好きだから多分気にいると思うって友人がマルケスのビデオをダビングしてくれた。
 初期のマルケスは本当にロペスをでかくしたような感じだったんですよ。
 男前な所も似てたし(笑)
 
 そのロペスと初めて会ったのはメキシコで。
 今じゃ、ロぺス=ロマンサジムってイメージがついてますが自分が一度目に行った時はまだロマンサ所属ではなくマネージャーのクーヨ・エルナンデスが亡くなって日本人マネージャーの西出健一さんの選手だった。
 自分がメキシコに行く少し前にグリーンツダから、井岡弘樹さん、山口圭司、藤原康二の三人がメキシコトレーニングに来ていたのだが、現ワタナベジムマネージャーの井上孝志(神風鷹志)さんがメキシコに来る前に井岡さんから西出さんにお土産を渡されていたらしい。
 で、テピートジムに西出さんがいるという事なので井上さんと自分らが世話になってたロマンサのボクサーホセ・ビセンテンニョと三人でテピートジムへ。
 残念ながらに西出さんはいなかったのだがなんとフィニート・ロペスが!
 ちゃっかり写真撮りましたよ~~~!

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               ロペスは写真撮るときに拳を自分の顎に持って行ってくれるサービスぶり!

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              井上さんとロペスともう一人はいつもロペスと一緒にいる人(笑)

 井上さんが日本に帰った後、試合会場で西出さんに会って挨拶したらほとんどシカトみたいな態度取られましたが…

 で、二回目にロペスと会ったのは日本で。
 自分がメキシコから帰ってきた後、ロマンサでまぁまぁ仲良かったホセ・ルイス・ブエノが立場を入れ替えて挑戦者として川島郭志の持つWBCスーパーフライ級タイトルに挑むので横浜まで応援に行った時。
 自分は貧乏性なんで折角、関東に来るならと試合前から横浜の後輩の家で泊まり込んで関東で遊んでた。
 この時、阪神淡路大震災があって自分は関西人のくせに揺れを知らないんですよ…

 ブエノに会いに帝拳ジムに行って浜田剛史さん、葛西裕一さん、八尋四郎さんと記念写真撮ったりとミーハーな事してました(笑)
 で、ブエノには入れ違いで会えなかったので泊ってるホテルへ。

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                           怪しい関係ではありません(笑)

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                      なんとロペスも日本に来てたのでしたぁ~~!

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                  ここでもロペスは拳を顎へ(笑)

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                      目つぶってる…

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                       桑マンと!嘘です(笑)ナチョです。

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 ブエノのスパー相手として一緒に来日したロマンサの仲間エリアスと!

 ロペスとは後もう一回、二度目のメキシコに行った時に会いましたがその時はあいにくカメラを持ってなかったんで写真はありません…

 二度目のメキシコ訪問の時はロペスはもうロマンサ所属だったんですが試合が終わった後らしくバカンスに出ているとの事で全然練習に来ませんでした・・
 自分がロマンサの仲間に
 「ロペスは来ないのか?」
 と何度も何度も聞くのでいざロペスが来た時、ロマンサの友達に
 「カワイ!恋人が来たぞぉ~~!」もちろんスペイン語
 って言われましたよ(笑)

 ロペスは日本人好きなのか自分には凄い愛想も良かったです。
 でも、ロマンサの仲間たち(結局有名選手にはなれなかったボクサーです)には愛想が良くないらしく、そういう話を聞くとやっぱり世界王者としてのプライドなんだろうなぁって思いました。
 自分は外人なんで得してたんですわ(笑)
 そういえば一度目の訪メキシコでサラゴサは愛想悪い感じだったしブエノは自分には愛想には良かったけど友達のホセには愛想良くなかったと言ってたなぁ…
 まぁ世界王者のプライド、おごりとかもあるのかもしれません。
 
 でも、ロペスは日本人好きなんで日本人でロペス愛想悪かったという様な人はほとんどおれへんちゃうかな?



yahooブログ、もうすぐ終了…


 もうすぐ、yahooブログ終了です・・・
 元々持ってたアメーバブログに移すかはてなブログにするかまだ決めかねてます(笑)
 今月で新規投稿も終わるんでそれまでにと思ってたんですが…
 
 コメントが消えてしまうのが悲しいですなぁ~

            

元陽光アダチのプロボクサー、アンチェイン梶さんのライヴ情報


アンチェイン梶さんのライブ情報!


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019年9月2日(月)
19時~~


西成の難波屋でライヴを行います!

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難波屋情報
ただいま、改装中のため、仮店舗での営業との事です。
天下茶屋北1丁目1-5

動物園前商店街の中

 

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君もアンチェイン梶さんの歌声を聴いて心の鎖を解き放て!
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元プロボクサーの漫画家、森重水さんの描いたアンチェイン梶さん!

オイラとファン・マヌエル・マルケス


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 これは自分が二度目にメキシコ行った時、まだマルケスは世界王者になってませんでした。
 でも、wOWOWで放送したマルケスの試合を見てファンになってたのでどうしても会いたかった。
 マルケスは確か法律事務所かなんかで働いててみんな午前中に練習してるのにマルケスは午後からの練習でした。
 だから練習終わって一度帰ってからまたジムに来たと思う。
 自分が世話になっていたホセ・ビセンテンニョはロマンサジムを離れていた時期だったんですがマルケスはホセをみるなり
 「どうした?早くロマンサに戻って来いよ」
 みたいな事を言ってくれたようです。
 この二度目のメキシコではマルコ・アントニオ・バレラエリック・モラレス友会いましたが二人とも愛想が良くなかったですあマルケスは凄く感じが良かったです。
 まぁまだ世界王者になってなかったからなのかもしれませんが、自分はこの三人の中ではスタイル、顔、会った感じもマルケスが一番で好きなんです。

 田中繊大さんにはバレラ、モラレスに合わせてもらってますがマルケスファンというのは言ってました。


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 マルケスのDVDが出たんですが、マルケスファンの自分が欲しがるだろうなぁ~って思ってたらしいです(笑)
 で、繊大さんに頼んで当時メキシコにいる繊大さんの友人が日本に帰って来る時に買ってきてもらいました。
 まぁ字幕ないしリージョンが違うんで日本のDVDではが再生できませんが…

 しかし、マルケスVSモラレスは観たかった…

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