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セルヒオ”マラビージャ”マルチネス引退…


セルヒオ・マルティネスが引退を発表

 

WBC世界ミドル級王者セルヒオ“マラビージャ”マルティネス(アルゼンチン=40歳)が13日(日本時間14日)ニューヨーク・カナストータの国際ボクシング殿堂の席で、現役引退を発表した。同時にツイッターでもコメントを発信した。「皆さんありがとう。私は引退します。グラシアス。私の人生の1つの時期が終了しました。私は公式に引退します。今後も勝利をめざします」
 マルティネスはブエノスアイレス近郊キルメスの出身。2000年2月ラスベガスでアントニオ・マルガリートにTKO負けしたが、その前後は連戦連勝。02年からスペインへ移住しキャリアを進めた。その後07年12月に活動の基盤を米国へ移した。翌年WBC・S・ウェルター暫定王者に就いた後、09年12月ポール・ウィリアムズ(米)に惜敗するまで44勝1敗2分と素晴らしいレコードを誇った。
 翌年4月ケリー・パブリック(米)に競り勝ってWBC&WBOミドル級統一王者に君臨。ベストファイトは年間KO賞に選出されたウィリアムスとの再戦と、12年9月フリオ・セサール・チャベスJr(メキシコ)との一戦が挙げられる。サウスポーの技巧派パンチャーとして鳴らしたが、膝の故障が長引き戦力が低下。最終戦となった昨年のミゲール・コット戦では4度ダウンを喫する惨敗で、王座を明け渡した。最終戦績は51勝28KO3敗2分。

 コットに負けて引退と思ってたら現役続行を「発表したんですがやっぱり引退するようですな…
 偉大な軌跡を残した男のキャリアでも紹介します。

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元WBCスーパーウェルター級王者、元WBC,WBOミドル級王者、現WBCミドル級王者。
             セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)
 ニックネームはマラビージャ(脅威なる男)ハグラーのマーベラススペイン語ですな。
 
  56戦 51勝(28KO) 3敗 2分
 
 アマでオリンピックを目指していたが左手を骨折し、手術で実戦から離れなくてはならなくなりオリンピックを断念、プロに転向。
 プロデビュー戦は2R反則勝ち。
 3戦目に引き分けるがそれ以降は連戦、連勝で駆け上っていく。
 しかし18戦目にのちのWBA,WBO、IBFウェルター級王者アントニオ・マルガリートに7ラウンドTKO負けを喫してしまう…
 しかしすぐに再起、21戦目にWBOラテンウェルター級王座決定戦に出場し4ラウンドKOで勝利し初タイトルを獲得。
 2戦はさんでアルゼンチンタイトルの決定戦にも出場し判定勝ちで獲得。
 31戦目にマイナー団体IBOのスーパー・ウェルター級王座を獲得、このタイトルは2度防衛。
 35戦目にはWBCラテン、スーパー・ウェルター級王座決定戦に出場11ラウンドTKOで獲得、この王座も2度防衛。
 41戦目にWBCスーパーウェルター級挑戦者決定戦に出場し4ラウンドKOで挑戦権をゲット!
 ノンタイトルを4戦挟んだのちにアレックス・ブネマとWBCスーパーウェルター級暫定王座決定戦を争い8ラウンド終了TKOで勝利し暫定だがWBC王者に。
 初防衛は元IBF,WBOウェルター級王者カーミットシントロンと対戦、この試合は引き分けてしまうが初防衛に成功、正規王者バーノン・フォレストが負傷で戦線を離れることで王座をはく奪、正規王者に認定される。
 2度目の防衛戦はポール”パニッシャー”ウィリアムス。
 この対戦で2-0の判定で敗れ王座滑落。
 しかし、再起戦でいきなりWBC、WBOミドル級王者ケリー・パブリックに挑戦、判定で勝利し2階級制覇に成功。(後にWBO王座ははく奪)
 ミドル級の初防衛はSウェルターのベルトを獲られた因縁の相手ポール・ウィリアムス!
 しかしこのライバルを2ラウンドKOで退けるのであった。
 この試合でWBCミドル級名誉王者に認定を受け、正規王座は返上と言う形のはく奪となる…
 WBOスーパーウェルター級王者セルゲイ・ジンラクとWBCダイヤモンド王座決定戦を行い8ラウンドKOで勝利しダイヤモンド王座獲得。
 このダイヤモンド王座をダーレン・ベイカー(11R,KO)マシュー・マックリン(11R終了TKO)と二度防衛。
 マルチネスを名誉王者やダイヤモンド王者に棚上げさせてWBCミドル級王座に収まっていたメキシコボクシング界のレジェンド、フリオ・セサール・チャベスの息子J・CチャベスJRとの対戦がやっとの事で決まる。
 この対戦を最終ラウンドにダウンを奪われあわやと言うシーンも見せてしまうがそれ以外のラウンドは完全にコントロールして完勝、レジェンドの息子に黒星をなすりつけるのだった。
 WBCミドル級の正規王者に返り咲いたマルチネスはマーティン・マレーと初防衛戦を行い判定勝利している。
 2度目の防衛戦でミゲル・コットに敗れ王座滑落、直後に現役続行を表明していたがそのまま引退することになった…