日本ストロー級チャンピオン 玉城信一
今回はマングース玉城こと元ストロー級日本王者玉城信一さんの事を書いたので本人の紹介を。
17戦14勝(7KO)3敗 (帝拳)
その勢いで全日本新人王に、この時にMVPも獲得する。
新人王獲得後の一戦目で後の日本ストロー級王者江口九州男と対戦し3ラウンドKOに。
その後の3試合すべてKOで下しランキングを上げ、当時の日本王者で連続防衛を6度に伸ばしていたロッキー・リンに挑む。
しかし、世界ランカーの壁は厚く判定負けに終わってしまう。(ロッキー・リンはこの試合に後タイトルを返上しリカルド・リペスに2ラウンドKOで敗れるのであった)
再起しフィリピン人を倒して再度日本タイトルに挑む。
ロッキー・リンの返上したタイトルを同じリンに敗れた細野雄一と争うことに。
この試合、世界挑戦経験もある細野にキャリアの差で敗れ、二度目のタイトル奪取のチャンスをものに出来なかった。
細野はこのタイトルを一度防衛後返上、その日本ストロー級タイトルは兄弟対決というとんでまないマッチメイクで獲得していた江口九州男の腰に巻かれていた。
フィリピン人相手に再起戦をした後に江口に挑戦しコレを判定に下し日本ストロー級王座を獲得。
初防衛にその江口を迎え判定で下す。
2度目の防衛は佐々木義明を判定、3度目の防衛戦はワタナベジムの輸入ボクサー、ファン・エレラを判定で下した。
ファン・エレラを下した後、日本タイtロルを返上。
股関節の大腿骨頭の骨組織が壊死し、関節が変形する難病「特発性大腿骨頭壊死」という難病にかかり引退…
日本タイトル前にバイクで事故をして試合延期や、試合後に行方をくらまして何か月もしてからジムに戻ってくるなどという武勇伝が伝説として残されている今は少なくなった無頼ボクサー(笑)
ボクシングにたら、れば、はないと言われるがやっぱり惜しい逸材である。
その才能を開花させることなく難病でボクシング引退を余儀なくされたのは本当に悔やまれるのであった…
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